「コロナ鬱」が他人ごとではなくなる日~2月末休校がスタートしてから~

こんにちは
ブックライター 市川弘美です。

中2息子の学校の休校が始まったのは、確か2月29日(土)でした。

私はこの2月末の休校が始まったとき、何となく思いました。3月では終わらない。たぶん4月か5月まで続くだろうと。今は、5月6日で終わるとは思えなくて。

2月末からのことを振り返ってみます。
3月に入ってすぐに、「(実家の)母には当分会えないかもしれない」とザワザワしたので、倉敷の実家へ車で日帰りしました。1か月分くらいの食糧の備蓄を持って。88歳ひとり暮らしの母は、歩けはするものの、足が少しだけ思うように動かないのが心配でした。「スーパーに人が並びだしたら、並ばないでコレを食べてね」と言い残して実家を後にしました。

3月の初めは、人ごみを避けるため、神戸の森林植物園に出かけたり、家でプリンを焼いたりと、まだ少し余裕がありました。

でも、3月のお彼岸にテレビで流れるニュースを見て、ものすごく怖くなりました。
東京の上野公園や千鳥ヶ淵が、桜を見に来た人でいっぱい。

 

そして、3月は夫がまだ新大阪駅近くまで通勤していたので、とてもとても心配で気が気じゃなかった。

そうこうしているうちに、(記憶があいまいです)東京の感染者が増え、NYはロックダウン下で遺体がコンテナに運ばれている映像が流れ。私は恐怖におののきながらも、必死に平静を装っていました。

手を洗っても洗っても、汚れが取れていない気がして、自分の手をながめ「潔癖症ってこんな感じなんやな」と。

私が今感染してしまったら、2~3週間、病院から一歩も出られない。
息子を家に1人にしてしまう。そんなことはゼッタイ避けなければ。

何としても、家族を守らなければ!

と必死でした。そう、必死だったんです。
自分が必至になっていると、周りって見えなくなります。

 

息子に小言を言うようになりました。
きれいに手を洗いなさい!
ちゃんと英語の勉強をしなさい!
ご飯食べるときは、ヒジをついたらダメ!

ダメなとこばかりが目につき、やっていないことばかりを「やりなさい」と命令する日々。
日中2人だけですごしていたこともあり、私の不安とイライラは、息子に向かいます。

それでも、息子は生来明るく、テレビを見れば笑い、「今日の晩ご飯なに?」といつも通りのカオで聞いてきます。
息子は夕方の誰もいない公園に行って、コンクリート相手にキャッチボールをしていました。プラモデルを作ったり、Amazonで映画を見たり。余りある時間を、たんたんと過ごしています。私よりオトナですね(笑)。

 

そんなある日、鏡に写る自分の顔を見て、ゾッとしました。

 

つづく

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